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しごと アーカイブ

2004年03月10日

大使館

目黒の大使館へ行く。
2度目の自動車来訪。
パーキングメーターが、高速の下に並んでいる。
インドネシア大使館の前に駐車。
こっちのほうが建物が立派だ。だけど閑散としている。
タイ大使館は相変わらず、人であふれ返っている。

自分の用事(出生登録やパスポート)は問題なく進む。
だけど肝心のお客さんのほうは保留になってしまった。
ほんとに、何をやっても一発で進まず可哀想だが、それだけの難事件だったと言える。

2004年03月12日

走破

今週5日だけで何キロ走っただろうか。
1000キロ?!
まさか・・・
ここのところ、本業は運転手に変更か。
遠方の用が多く、仕事の効率は悪いと言える。
(儲かってない)

下の子が指をしゃぶるようになったと思ったら、今度はよだれを垂らしている。
これは離乳食を食べる準備だな。
早くミルクを卒業してくれ!
高くて叶わんぞ。

2004年03月16日

またまた大使館

またまた目黒の大使館へ行く羽目になる。
可哀想なお客さんなので、最後までお付き合いした。
ついにビザ発給。

故郷へ帰るのに、ビザをもらっていくのも変な話だ。
戦争被害者が人権を蹂躙されている場面がここにある。

帰ってくると電話の山。
休みたいのに、やれやれ。。。

上の子は来週もう1回ガリガリ先生へ行く話になったそうだ。
もう慣れたらしい。

2004年05月21日

ご来訪

アジア学生文化協会 と
http://www.abk.or.jp/
日・タイ経済協力協会  
http://www.jtecs.or.jp/

の久保木さんのご来訪を受ける。
仕事の内容やサーミーのお話をする。
写真を撮られてしまった。
本に載るのかな。

2004年07月21日

入管

今日は品川入管。
記念に日記を書いてます。
今日は午前中に呼んでもらえないかなあ。。。。

それにしても暑いよ。
昨日は東京で39度超えたって。栃木にいたけど、低湿、高温、多少の風。まるでチェンマイの夏みたい。そう、チェンライよりも一回り暑い夏。
低湿なだけに余計そんな感じを受けた。

PS.
7月8日は10時半頃ついてカード223→1時間半待ち12時直前
今日は11時ころついてカード288→1時間待ち12時直前
このデータ、どう考えたらいいのかな。

2004年08月05日

認定不交付

ここのところ、相次いで日配認定不交付の相談を受ける。

それも、「紹介者」を書いたところ、その紹介者が不法滞在者であったり強制退去歴があったり、という事案だ。

紹介者が不法滞在の場合は、まず早めに在特を得ること。
強制退去歴のある場合は、現在の素行善良を立証すること。
この辺からのアプローチになる。

一度書いたものは撤回が利かない。もっと早く相談してくれれば・・・と悔やまれるばかり。

2004年08月30日

遺産分割

日本人夫とタイ人妻。子供なし。
この場合、夫が死亡すると、相続人はタイ人妻と夫の親(もしくは兄弟)となります。
なかなか厄介です。この場合。

事案自体は、妻と兄弟の相続なので4分の3を妻が相続し、残り4分の1を兄弟で分けることになります。
亡くなる前に遺言書があればなあ、と思った次第。

子供がある場合は、子供が未成年だと家裁の特別代理人が必要です。
どっちにしても面倒なことになります。
後でちゃんとまとめて書きましょうか。

2004年09月13日

今日の入管模様

10時15分、品川入管着。うちからちょうど2時間だな。
ルートはここのところ固定してきた。電車で品川に出て、港南(東)口から8番バスに乗る。200円なり。

バスを降りるなり2階へ走る。札を引くと今日は211番、100人待ち。

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2004年09月28日

仕事の途中で

午後から法廷に付き合うことになってしまった。
疲労困憊しているので嫁さんを連れて行って、途中運転を代わってもらうことにする。
時間が空いて立ち寄ったのがここ↓
麻生温泉

2004年09月30日

今日の入管

いやあ・・・
今日の入管のお姉ちゃんは不細工だったなあ。
顔が不細工なんじゃない、態度がひどかった。
あれじゃあ、素人さんはビビってしまってまともに物も言えなくなってしまうのではないか。
1件なの!日配への変更ね!葉書は!だから葉書よお!じゃあ見ますから!
なに、駐車券の判子!ふん!・・・・ぺタ!

何だろね、あれ、俺はお前みたいな公務員を雇った覚えはないぞ!!!!

2004年10月06日

忙しいですなあ。。。

ママときよくんを連れて、8時に出発。
タイ人が相続人の遺産分割、ベトナムからタイへの国籍変更絡みの手続、会社関係の処理に回る。
その間、中国人の在留資格、遺産分割後の不動産売却、破産と税金の話など、電話で片付けながら走る。懲役後の在特案件は断って弁護士に回す。
さて明日は溜まった事務に掛かろうと思っていたが、農地絡みの打ち合わせに呼ばれてしまった。
壊れかけたファックスコピーの購入算段もできず。
一日、ボットできたらどんなに幸せだろうか。
晴、途中セミの声を聞く。

2004年11月04日

相続人がタイ人の場合

これは直接管轄法務局の見解を聞こうと思った。

これからたくさん出てくるケース。
日本人夫A死亡。相続人の一人はタイ人妻。
タイ人妻Bの、Aの戸籍上の氏名は旧姓。婚姻後の氏の変更届をしていない。
外登は旅券に準じるので、Aと同じ姓。
よって、Bは、外登と戸籍で氏が異なることになる。

法務局の回答は、登録原票記載事項証明書の備考欄に、Bが婚姻によって改姓し外登の氏名になった趣旨の記載をすれば良いということ。市役所はこの線で対応できるとのこと。

他に、
・タイ国法が夫Aと同姓になるという法令の条文と訳文。
・タイ国の改姓証明書(タビアンバーン)。
でも可、という話。

さて、婚姻後に改姓届を出していると、
 戸籍上のタイ人妻の名は、漢字カタカナ表記。
 外登はアルファベット。
これで同一人と見るんだろうけど、
外登で、戸籍上の表記(漢字カタカナ)を通称登録しておけば間違いない。

2004年11月05日

水戸入管

ここんとこ、毎日嫁さんと下の子を連れて仕事に出歩いている。
隣町でお客さんにサインをもらい、その足で水戸の入管までドライブ。
関わって3年経つ。この件もそろそろ落ち着くだろう。
外登の国籍がこの間、無国籍、ベトナム、タイと変更されている。これもまた珍しいが今日までの経過を示すものだ。
東京へ電車で行くのか車で行くのか水戸へ行くのか、選択肢はいろいろあったが。
水戸入管まで片道93キロ。なかなかレジャー並みの距離だ。
この前行ったときは2時間も待たされたのに今日は1人待ち。
どうなっているのやら。
ビルの隣は大きな川(桜川)に堤防。堤防の上に並木があって、なかなか風光明媚だ。

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2004年11月19日

はがき

今日の郵便を受け取ったのは6時過ぎだ。
お待ちかねの入管のはがきも入っていた。
前にも郵便が3時過ぎになることがあって文句を言った。
6時過ぎるとなると、これは明らかに仕事に影響するぞ。
ああ、入管に電話しなくて良かった。

2004年11月22日

水戸入管(その2)

それそのものは至極簡単な仕事なんだが・・・・
入管いわく、
「すみません、これ、間違って申請日に許可したことになっています。いま、東京のホストコンピューターから削除します。しばらくお待ちください。」
改めて許可印をもらうのに40分。
その前を遡れば・・・札は59番。午前中58番まで行っていて残り5分であと一人なのに午後まで待たされてしまった。
東京だったら、さっさと終わってしまっただろうに。
出張所はインフォがないからな。
その分、相談に来る人もいるんでどうしても事務は遅い。
これって、自分の運が悪いんじゃない。
なんせ、このご依頼人は次々にトラブルにぶち当たることになっている。
外登に3ヶ月、婚姻に半年だったかな。。。
在特が出て、国籍変更の外登に3ヶ月。
リエントリーの残存5ヶ月のため、ビザを断られる・・・これは最終的に嫁さんが捻じ込んでセーフ。
今回は、国籍が変わった際に(2度目の国籍変更)、氏名のスペルが1字だけ変わった。
そのことに町役場が気づかず外登を作ってしまった。
間違いを指摘して、外登の作り直し。
入管が作り直しをしたら、また氏名のスペルが間違っていて差し戻し。
1つの手続なのに、入管と役場に都合3回間違われた。
こういう人も珍しい。
来年以降は順調に進むことを心から祈っています。

2004年12月06日

入管めぐり

横浜と品川の入管を回る。
横浜では、母子手帳の原本ありますか?と言われてしまった。
診断書が原本なんだから、母子手帳はコピーで良いじゃないか。
品川へ行ったら、事前情報どおり認定だけの窓口ができていた。
A2という張り紙が下がった。従前の申請窓口の向かって右。書類配布の場所の左。
1カウンターだが、お陰でだいぶ助かる。
待ち時間が少なくなった。
15人待ちの札だったが、ほとんど飛んでいく(誤ってここの札を取る人が多いということ)。
実質5人目くらいで受けてもらえる。
この前の意地悪姉ちゃんに比べて、やたらと作り笑いが目立ってかえって気持ち悪かった。

2005年02月09日

オンライン申請

話は昨日の続き。
宇都宮の法務局では2月7日から法人登記にオンライン申請を導入したという。
浸透するのはまだまだこれからだろうが勉強だけはしておかないとまずいな。
今日の宇都宮法務局。様子を伺うと、箱はなくカウンター受付方式になっていた。こういうのは東京本局だけだと思っていたんだが。箱ブッコミ形式のところが減り、受付票を渡すところなんか人間的になったもんだ。
法務省全体がもっと人間的になることを祈る。
入管もそのうちオンラインになるだろうし。
オンライン→人間的・・・関係ないか。

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2005年02月22日

仮登記の本登記

これは仕事ネタ。
もともとこのブログは日記からの移行だから個人的にメモしたい内容から出発しているといえる。

さて、えらく苦労して25億の競売案件が一部任意で処理となった。
しかしまあ、問題は山積で・・・・その中の1つの山。
任意処理で第三者へ架空同然の移転登記があるものを本人名義に戻した。これは政府系金融機関の強い要望を飲んだものだ。

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2005年02月23日

ピンクカード

ピンクカードこと入管の取次者証の更新を頼んできた。
前は入管で直接手続したんだが今は書士会が窓口になった。
はてはて、いくらか状況は前進したのか。
3年に1回以上の講習会が必須になったこと、カードの費用で3000円も取られること、
代理ではなく相変わらず取次であること。
ちっとも良くなった点はないように思う。

2005年03月22日

今日は

午前、境界立会、農地転用のピックアップ2件、土地代金の預かり。

午後、ミキを医者へ連れて行き、治癒証明をもらう。明日から登校。

2005年03月30日

研修会

新不動産登記法の研修会で宇都宮へ行く。
要するにネット申請を念頭に置いた制度だそうだ。
やがて権利証なるものは無くなる話だ。
ついでに入管の取次者証が新しくなったので交換してもらった。
今度は届出済証というタイトルになった。
書士会が介在するだけ面倒になった。任意の研修が必須になったり良いことは一つもない。
「・・・届出を行った弁護士・行政書士であることを証明する」とな。
ふーん、これも良いような悪いような。

昔、この街に勤務していたころの懐かしい蕎麦屋を訪ねてみようと思った。
探したが、もう無くなっていた。とんかつ屋のほうは場所を忘れた。
風俗店ばかりが目に付く。
しょうがないので餃子屋に入るが、中国人がやっている割にはお世辞にも美味いとは言えない。
宇都宮の名前を使っているが、看板だけのようだった。

2005年04月20日

DFさんのこと(1)

記録を見ながら、記憶を整理しながら、何度かに分けてDFさんのことを書いてゆこうと思います。
後日、ちゃんとしたコンテンツにまとめるかもしれません。
なお、イニシャルと適宜の仮称を使って、どこのどなたかは判然としない記載にすることでご了解ください。

隣県S市に住んでいるDFさん(女性)に初めて会ったのは2002年2月だった。
当時、仕事探しにタイ語のビラを撒いた。それに応じてくれたお一人だった。
S市の食材店で会い、自宅まで伺った。そのころ既にMさんと一緒に住んでいた。戸建の家屋で、洗濯物や運動靴が下がっていたのを覚えている(在特案件では必ず生活状況を拝見する)。

ご依頼の内容は日本人男性Mさんとの婚姻、そして、在留特別許可だった。
DFさんはタイ国東北部、1960年の生まれ。しかし、お会いしたときタイ国籍を持っていなかった。

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DFさんのこと(2)

入管が外登を下ろしてきたのは、3ヶ月過ぎた5月末のことだった。途中、国籍に関することなどの上申書を出している。
入管(登録)の認定は、国籍は無国籍、生年月日は「1960年ーー」、世帯主との関係は同居人である。

法務局へ回った婚姻届は、もう少し苦労した。
要するに、ベトナム国が発行したベトナム国籍の証明書が欲しい、というのである。
担当官は親切であったが注文は辛かった。
・在日、ベトナム大使館
・在タイ、ベトナム大使館
いずれか発行の国籍証明書を提出して欲しいという。

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2005年04月21日

DFさんのこと(3)

もう一つの問題はご主人Mさんの海外出張だった。
02年5月から12月までアメリカに行き、現地法人の指導を命じられたのだった。
私の立場では、これには反対だったが、ここで会社に逆らっては職を失うことにもなりかねない。
ご本人の判断に任せた。

運良く、その間何も問題はなく、帰国後の03年1月に、入管2庁に出頭した。
書類はそれなりに揃えて行った。
やはり問題は国籍だった。
「国籍 無国籍(ヴィエトナム)」 と書いた。
入管(登録)の認定は無国籍、法務局(戸籍)の認定はベトナム。そのベトナムさえ国籍証明は出さない。
「どこも国籍を認めてくれないんだ、帰る国がないんだ、日本にいるしかないだろ」みたいな陳述内容を含んでいた。強制退去先がないんだからある意味有利かと思っていた。
・・・しかし、収容・退去となると時間が長いだろう。

同年9月に電話確認の後、10月に出頭要請があった。
ここで嘘がばれた。

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DFさんのこと(4)

在特を得た後の手順として、
・外登証の「在留の資格なし」を「日本人の配偶者等」へ変更、在留期限の記入、国籍を無国籍からヴィエトナムへ変更。
・パスポートがないため、再入国許可につき再入国許可書の作成を申請。
・ベトナム国籍者がタイへ渡航するためのビザの取得。
この順で進める予定になっていた。

ところが、この最初の段階で、またもや入管への照会となってしまった。
S市役所は、無国籍のDFさんがヴィエトナム国籍のDFさんと同一人であるかどうか、外登変更して良いかどうか、単独で判断できず、入管へ照会したのだった。
そんなの同一人じゃないはずないじゃないかとS市に文句を言ったら、国籍の問題は極めて重要で入管のご意向を伺う以外にないと言う。

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DFさんのこと(5)

そして日本へ戻ったわずか半月後、04年6月末、すぐに郡役場へ来いと連絡が来た。
帰化が通ったのである。
改正国籍法は、ベトナム戦争難民に順次タイ国籍を付与する。父はベトナム国籍のまま死亡したが母はタイ国籍を付与された。
しかし、この国籍付与の前提は、本人がタイに居住していることが条件である。DFさんも帰化許可リストに載っていたのだが、海外(日本)へ出ていたことがまずかったのだ。

急遽タイへ飛ぶ。
・・・・はずが、

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DFさんのこと(6)

DFさんは、タイ人になって日本へ戻ってきた。もう10月だった。
在留期限が迫ってしまっては慌ててしまう。

タイ人になり、国民身分証明書もパスポートも取得してきた。今度は生年月日も入っている。

ところがバンコク空港で罰金を払う羽目になった。
60日の観光ビザで入国し、そのままビザの延長をしなかった。
(最初の渡航では延長するよう指示したのだが、このときは帰化できるのでその必要はないと判断していた。)
そして、再入国許可書を提示して出国しようとしたのである。
これではオーバーステイである。
駐日領事から、パスポートは見せず再入国許可書で行き来するよう指示されていたそうだ。
ここで、タイのパスポートを見せ、帰化したんだと言えば罰金はなかっただろうに。

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DFさんのこと(7)

残るは、
・・・しかし・・・後述。
である。

外登には、市役所に保管する登録原票と本人が所持する外国人登録証がある。
登録原票は問題なかったのだが、外国人登録証の作り直しでお役所がミスを続けてくれた。
タイに帰化したとき、英文スペルが1文字変更になったのである。

S市役所はそれに気づかず、外登を入管に上げてしまった。
私は、更新申請書を書いていてスペルが違うことに気づいた。

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2005年04月27日

アシタカエル。

「センセー、明日帰るんだけどチケット取ってぇ!」
と、朝から嫁さんの旧友が電話掛けてきた。
なんだって?!
明日って、今から取れるわけないじゃないか。
再入国は?
・・・アアン、切らしてる?!
しょうがないなあ、入管は今から行ってあげるけど。

てなことで、
まあ、やるだけやってあげるよ。
明日とは行くかどうかわかんないけど、なるべく早く帰れるように手配してあげる。

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2005年05月07日

コンビニのない街

昨日は急遽出張。
大田原という街。県北では大きいほうなんだが、古い町というんでしょう。
法務局で書類を収集して裁判所に届けることになったのですが、登記簿謄本が43筆もあって。
ご依頼人にはコピーはいらないでしょ、って言っておいたのですが、その辺は気持ちの問題、1通だけでも取って上げようと思ったのです。
それで市街でコンビニを探したわけです。
だけど、銀行や商店街は並んでいるのに、相当走ってもコンビニがない。
何だコリャこの町は。古い町というのはこんなもんかな、と。新興の店舗は入れないのね。
しょうがないから、大き目のスーパーに飛び込んだらオンボロのコピー機がありましたけど。
報告の中でご依頼人が一番喜んでいたのがこのコピーでした(*^。^*)

・・・法務局か裁判所のバカ高いコピー使えばこんなに苦労はしないんだけど。

2005年05月24日

宇都宮の入管

今日は宇都宮の入管。
同じ人の更新と永住。
過去に認定不交付のある人の再申請なんかに比べると、はるかに気軽だ。
どうでも良いが、宇都宮の入管でこんなに待たされたのは初めてだった。
普通、待ち時間なしでポンと受取り、ポンと判子を押して戻してくれるもんだが。
午後から行ったのが初めてだったせいかもしれない。
それにしても、水戸といい宇都宮といい、事務の動きが緩慢だ。
品川の殺人的な風景は真似しなくても良いがもっとパッパとできないもんだろうか。

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文字化け

仕事ねた兼パソコンねた
これは話がローカルだから同じ症状になる人があまりいないかもしれない。
入管さんのお上手なPDFファイルの作り方のお陰で、ダウンロードしてくると用紙の大きさがまちまちだ。
例えば、これ。
http://www.moj.go.jp/ONLINE/IMMIGRATION/16-1-1.pdf
見れば、一目瞭然。大きな紙と小さい紙が混在している。
表面上、大きく見える紙はどうやら1月の制度改正前から同じ書式の紙らしい。
それで問題はこの大きい紙のほうだ。
これをこのまま印刷するには、「用紙に合わせる」ではなく「拡大縮小なし」にチェックをしてやれば良い。
で、書類のワザとしては、「拡大縮小なし」、つまり余白をカットした上、いきなりPDFというソフトでPDFファイルを作り、そこに文字を打ち込むようにしたい。(今まで紙の大きい小さいなんていう不細工なことをしてくれる前はそのままの大きさで、やさしくPDFへ文字入力
いうソフトでPDFに文字を打ち込んでいた。)
ところが、この余白をカットしてPDFファイルを作る操作をすると、できたPDFは文字化けファイルになってしまう。
さてさてどうしたもんか。別な方法でちょん切るか。
一回申請書だけ印刷した上、それをもう一度スキャナで読み込み、そこに「やさしくPDFへ文字入力」で文字を入れ、文字だけ印刷するという2段構えなら可
能なのだが。この段階で文字もPDFも同時に印刷するとちと見栄えが落ちるし・・・・

2005年06月01日

もう6月

もう6月になってしまった。
今年は主に仕事面、経済面で苦境に立たされている。
嫁がタイへ帰って使ってくる金というのも一つだが、経営的に上手くいっていないのも事実。
確かに受理案件は多くない。けれど、まるで用事がないわけではなく、ご依頼人にはそこそこ待っていただくことが多い。
大挽回できるほど大儲けができる仕事ではなく、今年は低調に終わると覚悟するしかないのか、いやまだ半年と考えるべきか。
宣伝方法をもう少し考えなければ駄目なのかな。

更新受領

宇都宮で、日配3の2回目の更新。
5月31日の葉書発送で、受領は6月9日までとある。
なんか、あれっと思った。そんなに短かったかな。
いつもすぐに受領するからそんなに気にしたことはないんだけど(パスポート更新中の件は電話した)。
改めて調べてみると、なんかおかしくないかい?
ずっと前、確かに受領10日のこともあったけど、2週間になったんじゃなかったのかな。
品川、横浜、さいたま、水戸・・・みんな2週間ー1ヶ月くれると思うけど。

2005年06月03日

お疲れ。

喉が痛くて少し熱っぽい。
仕事は続けている。
昨日は宇都宮の入管へ行き滞在3秒。
椅子に座る暇もなく証印をもらう。
問題は半年後に永住が降りるかどうか?なんだな。
ご主人の収入が・・・・。てなところ。
あっちこっち抜け落ちてるのに、良くここまで持ってこれた案件ではある。
今日は農地転用の現場へ向かう。
午後からは少し体を休めたい。

2005年06月04日

定住者

土曜なのに、案外用が多い。
アカンボ抱きながらお客さんの電話に出たり・・・・
留守電の依頼は後日にする。

今日は隣県のタイ料理屋で永住の相談を聞く。
当方、嫁さんと3人の子連れ。なんか今日は3人連れてた(^_^.)
日配くずれ定住からの永住で、簡単に見た範囲では通達の基準に達しない。
定住→永住は5年だもん。(もしかして、滞在10年には該当するのかな。)
どうしても、というので一応受けてきたんだけど。。。
それはそうと、カラオケの騒音の中、嫁さんはビール、小生はお茶。
なんか悲しい。
さて、仕事なんかブン投げてこれから飲むぞ!
・・・と嫁さんは寝てる。トホホ。

2005年06月16日

ドライカレー

仕事ネタでこのタイトル。
オチャラケているわけでもないんだが、珍しく品川の入管へ行った感想の第1がこれ。
ここのところ入管の用事は、出張所が多かった。
久しぶりに品川へ行くと食堂のメニューが一変していた。
ドライカレーを食おうかと思ったのだが・・・美味ではないがまずまず食える・・・パンやケーキの類と飲み物だけになっていた。なあんだ(^_^メ)
用事は、認定1件。再入国1件。
認定のほうは、不交付1回後の2回目。今回も入管内規では交付の基準外。気が重い。基準外だから止めておいた方が良いというこちらの見方と依頼人の希望が対立したときどういう対処をすべきなのか。これは偉い弁護士の先生でも永遠のテーマだそうだ。
人様の身柄を扱う仕事、人様の人生を扱う仕事だ。これはものすごく重い。金や不動産を動かす仕事が軽く見えてしまう。
再入国は嫁さんの友達。これはついでだ。永住者なのにシングルしか取らない。滅多に帰らないということなんだろう。
10時過ぎに着いて滞在約30分。
品川も早くなったもんだ。
というのは、認定専用の受付カウンターができたこと。
リエントリーも受付カウンターが5つくらいになってほとんど待ち時間がなくなったこと。
どっちも3人待ちくらいだった。
横目で見ると、更新、変更、永住は60人待ち程度だった。
トイレに入ったら「トイレットペーパー盗むな!」と張り紙があった。ほかの官庁や会社では見かけないビラだな。失笑もの。
昨年壊れたパソコンは撤去されていた。

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2005年06月27日

やっぱりお馬鹿入管

なぜか品川よりご縁のある横浜入管。
品川2時間、横浜2.5時間、水戸2時間、宇都宮1.5時間。どこも近くないから似たようなもんだが。
さてその横浜へ厚い記録を持ってお届けに上がったのですが。。。
横浜は前から認定専用カウンターを設けていたので、そんなに時間は掛からないと見ていた。
・・・・・・っとっところが、無くなってました。認定専用カウンター。
やっぱりお馬鹿入管だ。
認定は、書類も厚いし受付審査も時間が掛かる。だから、品川でさえ昨秋、更新などと切り離して別カウンターを設け、今では2カウンターになっている。
それが、横浜は、認定専用カウンターを止めて更新などとごっちゃにしてしまった(2番窓口)。看板の下のほうに「認定申請」なんて紙で貼ってやがんの。
ナニナニ逆じゃないの。横浜の良いやり方を品川が真似したと思っていたら。やめちゃうとは。
天を仰ぐよ。

2005年06月28日

居住証明書

茨城県A市における外国人登録。
その地に居住している旨の居住証明書を提出しろという。
世の中の傾向がそうさせているかという気もするが、問題は、
証明者として
「大家、管理人、雇用主などの日本人の方」
の署名捺印が必要だというのだ。
これにはかなりの疑義を感じる。
外国人が外国人を証明して何が悪い!?
在日の団体にでも聞こえたら、明日にもニュースネタになるのではないか。
問題解決後、総務省経由で異論を唱えようか。
外登と同じ法務省管轄だが、人権擁護局へ持っていっても面白いかも。

2005年07月14日

パスポート紛失

現在進行中の仕事ネタですが、公開しようとするまいと結果に影響はなかろうと思うので掲載します。

このテーマは、日本の入管行政の大きな疑問の一つだと思っています。

事案は、日配3のタイ人女性が再入国許可を得てタイへ一時帰国し、そこでパスポートを紛失したというものです。
時々ある話です。去年も1件当たりました。
この場合、現地警察への届出等を添付して登録原票記載事項証明書に再入国許可事実の証明願いを入管に申請することになります。
普通なら、これで日本に再入国できるわけです。

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2005年07月18日

外国免許の運転免許切替試験

ここのところ、外国人の運転免許に関するご質問が数多く寄せられるようになりました。
そこで、本サイトの
9 運転免許
http://yshimada.com/C4_9.htm
10 改正道路交通法と国際免許
http://yshimada.com/C4_10.htm
を全面的に改訂しました。
また、
10-2 外国免許からの切替試験
http://yshimada.com/C4_10-2.htm
を新たにアップしました。まだ何箇所か追記があります。

今、トヨタの店に来ています。
まだ新車のシエンタのスライドドアがおかしくなって、左のリアがまったく開かなくなってしまいました。
それで修理の依頼です。
三菱もボロでしたが、トヨタももっとボロです。

2005年07月21日

今日の入管

今日の入管情報。
水戸での永住と変更の申請をした。
永住では1点確認したことがあった。
添付書類に「住民税課税証明書とあるのは、省令があるからだ」とのこと。
納税証明書ではない。
私のところでご相談を受けるのはあんまり当たり前でない案件ばかりなので、・・・課税証明書を請求すると課税されていないことがしばしばある。
そういうときは、課税証明書を請求すると、非課税証明書が出てくる。
それで、非課税証明書というのは、文字どおり非課税でしたということで、数字的な内容は何も書かれていない(自治体により所得金額が入るところと入らないところがある)。
それじゃあ、あんまりデータ不足だと思うので、所得証明書を付けてみた。この証明書は、仮に非課税であっても、わずかな所得でもあれば数字が出る。
ということで、今日は、気を利かせて所得証明書を持っていくと、非課税証明書で良いから出し直してくれという。理由は省令があるから、だそうだ。
宇都宮では、所得証明書で受けてもらえた。同じ東京入管でも色々言い方が違ったりするのは常のこと。

2005年07月25日

パスポート紛失(続)

このネタですが、
http://blog.yshimada.org/mt/archives/2005/07/post_438.html
あっさり許可になりました。
なんか理屈に合わない気がするのですが、予想に反した良い結果でした。
それにしても、月曜の午前は入管へ行くもんじゃないですね。
すごい人だかり。
再入国は50人待ちでしたが、その呼び出しのピンポンがまるで機関銃みたいでした。
物凄い速さ。
因みに、再入国の隣の5番窓口の「永住審査部門」。ここに並んでる人も多かったです。
それもおかしいんですよ。更新とか永住とかの申請書持って並んでるんですから。
ここは申請場所じゃないんですけどね。相談、書類追加、不交付理由の説明なんかを扱うところで、申請はカウンターが全然違うのにね。相談はインフォもあるし。
普通は、不交付・不許可だけの部署だと思うんだけど。。。
カウンターから中に入っちゃうと鍵閉まっちゃって怖いところなんだけど、みんな知らないのかなぁ。

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2005年08月01日

今ごろ気づいて

(午後3時追記)
またもやタイの大使館にはしてやられました。
在東京タイ大使館の朝令暮改は今まで何度も非難してきたところですが、いま目黒へ行っている妻から連絡があり、下記投稿(点線以下)の各種申請書は使用できないそうです。
全部が全部使用できないかどうか判然としませんが、日本側婚姻成立後のタイ側婚姻報告届及びパスポートの氏変更の手続↓
http://www.thaiembassy.jp/consular-j/j-marriage.htm#3
に関連する申請書はWeb上のものは不可です。
大使館へ行ってその場で渡された用紙(Webにあるのと別の紙)に記載するんだそうです。
用紙を持ち帰るのもダメと言っていたようですが、紙だけは奪取してきたという報告です。
また、上記URLの手続での必要書類もWeb上のものでは足りず、他にタビアンバーンを要求されたそうです。普通(日本の鬼入管でさえ)、不足書類があれば追完で足るのですが、それも認めないそうです。
いやはや全くいつもながらタイの大使館はデタラメですね。
できないものをWebに載せておく責任は重大です。
日本の官庁なら何とでも責任追及するところですが。。。
いや、大使館を信用する自分が悪いとしておきましょう。
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(追記前の元記事)
嫁さんは、お客さんを連れて目黒の大使館。
日本式婚姻のタイ側報告届を在東京大使館経由で出す。
在バンコク大使館経由の例がほとんどなので珍しいだろう。
在日不法滞在者の婚姻と強制退去済みの離婚なら時々あると思うが、適法滞在者でこの方式を取るのはレアケースかもしれない。
5時ころ起きてきた嫁さん、「旦那さんは行かなくて良いんだよね」なんて言うから、今朝もう一度サイトを開くと書式がアップされているではないか。
今まで気づかなかった。
http://www.thaiembassy.jp/consular-j/j-forms.htm
印刷して持たせてやる。
「あと2-3日早く気づけば書いて持ってゆけたのに」、と嫁さん。
まあ世の中そんなもんだろう。書式に目を通していけるだけ運が良かったと言える。
それだけでもカッコが着くというもんだ。
勝手に相談に乗って偉そうに解説ぶったりすることもあるらしい。
最近、ちょっとした先生ぶったところを見せてきた嫁さんです。
大使館のサイトにはビザの申請書もあった。
http://www.thaiembassy.jp/visa-j/